スピリチュアル万華鏡 4 アモールとプシュケーの恋 |
![]() はい、こんばんは。(=^o^=)愛の神というと、キューピッド。毎度、食卓でおなじみ、マヨネーズにもなっている可愛らしい神様ということになっております。別名エロスともアモールとも呼ばれていますね。 今日は、ローマ時代の『黄金の驢馬』に伝えられる「アモール(エロス)とプシュケー」の物語です。 アモール・とプシュケー 地上の人間界で、王の末娘プシューケーが絶世の美女として噂になっていた。アモールの母アプロディーテーは美の女神としての誇りからこれを嫉妬し憎み、この娘が子孫を残さぬよう鉛の矢で撃つようにアモールに命じた。 だがアモールはプシューケーの寝顔の美しさに惑って撃ち損ない、ついには誤って金の矢で自身の足を傷つけてしまう。その時眼前に居たプシューケーに恋をしてしまうが、アモールは恥じて身を隠し、だが恋心は抑えられず、魔神に化けてプシューケーの両親の前に現れ、彼女を生贄として捧げるよう命じた。 晴れてプシューケーと同居したアモールだが、神であることを知られては禁忌に触れるため、暗闇でしかプシューケーに会おうとしなかった。姉たちに唆されたプシューケーが灯りをに当てると、アモールは逃げ去ってしまった。 アモールの端正な顔と美しい姿を見てプシューケーも恋に陥り、人間でありながら姑アプロディーテーの出す難題を解くため冥界に行ったりなどして、ついにエロースと再会する。この話は、アプレイウスが『黄金の驢馬』のなかに記した挿入譚で、「愛と心」の関係を象徴的に神話にしたものである。 (ウィキペディアより) 神々や人間のハートを射る「恋の神」であるアモールが不覚にも、自ら恋に落ちてしまうというお話は、 西洋の文人たちによってこよなく愛されてきました。この神話自体が、人のハートを射る力があるようですね。 人間の王の娘であったプシュケーは、惨めな運命に翻弄され、神々から幾多の試練を受けますが、最後に は、恋するアモールの元に神々の仲間として迎えられ、結婚をゆるされます。 アモールと離れ離れになり、旅をして、身をやつして恋人をさがすプシュケーの姿は、いかにも痛ましく惨めです。それでも、プシュケーはあきらめず、アモールの母であるヴィーナスの元に趣いてアモールとの再会を求めます。ヴィーナスは「芥子と粟と麦粒の山をより分けよ、とか金羊毛を取って来い。」などと無理難題をふっかけてプシュケーを打ちのめそうとします。どんな困難にも屈せずプシュケーは試練を乗り越えて、ゼウスの仲介でアモールとの再会を果たし結ばれる展開は感動的ですね。 さてさて、プシュケーとは、「人間の心」をさしています。心理学のpshychologyとは、「プシュケーの学問」ということです。この神話は、人間の心が神々の世界の中心・・愛の神を求めて、世界をさまようという永遠のテーマに触れているだけに多くの人々の「プシュケー」をとらえるのでしょう。 予定通りの恋に落ちる人はいません・・・・。確かに何かにハートを射られたように恋するのでしょう。 エロスの神もまた不覚にも自らを射て、人間の心に恋をしてしまったというところが、深いお話ですね。 やまねこ(=^o^=)でした。 |


Vol.9